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正文 第18节

  ぽんと叩いた。「私たち寝室で寝るからcあなたここで寝なさい。それでいいでしょう」

  「僕の方はべつに構いませんと」

  「じゃcそれで決まりね」とレイコさんは言った。「私たちたぶん五時頃にここに戻ってくると思うの。それまで私にも直子にもやることがあるからcあなた一人でここで待ってほしいんだけれどcいいかしら」

  「いいですよcドイツ語の勉強してますから」

  レイコさんが出ていってしまうと僕はソファーに寝転んで目を閉じた。そして静かさの中に何ということもなくしばらく身を沈めているうちにcふとキズキと二人でバイクに乗って遠出したときのことを思い出した。そういえばあれもたしか秋だったなあと僕は思った。何年前の秋だっけ四年前だ。僕はキズキの革ジャンパーの匂いとあのやたら音のうるさいヤマハの一ニ五の赤いバイクのことを思い出した。我々はずっと遠くの海岸まで出かけてc夕方にくたくたになって戻ってきた。別に何かとくべつな出来事があったわけではないのだけれどc僕はその遠出のことをよく覚えていた。秋の風が耳もとで鋭くうなりcキズキのジャンパーを両手でしっかりと掴んだまま空を見上げるとcまるで自分の体が宇宙に吹き飛ばされそうな気がしたものだった。

  長いあいだ僕は同じ姿勢でソファーに身を横たえてcその当時のことを次から次へと思い出していた。どうしてかはわからないけれどcこの部屋の中で横になっているとcこれまであまり思い出したことのない昔の出来事や情景が次々に頭に浮かんできた。あるものは楽しくcあるものは少し哀しかった。

  どれくらいの時間そんな風にしていたのだろうc僕はそんな予想もしなかった記憶の洪水それは本当に泉のように岩の隙間からこんこんと湧き出していたのだにひたりきっていてc直子がそっとドアを開けて部屋に入ってきたことに気づきもしなかったくらいだった。ふと見るとそこに直子がいたのだ。僕は顔を上げcしばらく直子の目をじっと見ていた。彼女はソファーの手すりに腰を下ろしてc僕を見ていた。最初のうち僕はその姿を僕自身の記憶がつむぎあげたイメージなのではないかと思った。でもそれは本物の直子だった。

  「寝てたの」と彼女はとても小さいな声で僕に訊いた。

  「いやc考えごとしてただけだよ」と僕は言った。そして体を起こした。「元気」

  「ええc元気よ」と直子は微笑んで言った。彼女の微笑みは淡い色あいの遠くの情景にように見えた。「あまり時間がないの。本当はここに来ちゃいけないんだけれどcちょっとした時間見つけて来たの。だからすぐに戻らなくちゃいけないのよ。ねえc私ひどい髪してるでしょう」

  「そんなことないよ。とても可愛いよ」と僕は言った。彼女はまるで小学生の女の子のようなさっぱりとした髪型をしてcその片方を昔と同じようにきちんとピンでとめていた。その髪型は本当によく直子に似合って馴染んでいた。彼女は中世の木版画によく出てくる美しい少女のように見えた。

  「面倒だからレイコさんに刈ってもらってるのよ。本当にそう思う可愛いって」

  「本当にそう思うよ」

  「でもうちのお母さんはひどいって言ってたわよ」と直子は言った。そして髪留めを外しc髪の毛を下ろしc指で何度かすいてからまたとめた。蝶のかたちをした髪留めだった。

  「私c三人で一緒に会う前にどうしてもあなたと二人だけ会いたかったの。そうしないと私うまく馴染めないの。私って不器用だから」

  「少しは馴れた」

  「少しね」と彼女は言ってcまた髪留めに手をやった。「でももう時間がないの。私cいかなくちゃ」

  僕は肯いた。

  「ワタナベ君cここに来てくれてありがとう。私すごく嬉しいのよ。でも私cもしここにいることが負担になるようだったら遠慮せずにそう言ってほしいの。ここはちょっと特殊な場所だしcシステムも特殊だしc中には全然馴染めない人もいるの。だからもしそう感じたら正直にそう言ってね。私はそれでがっかりしたりはしないから。私たちここではみんな正直なの。正直にいろんなことを言うのよ」

  「ちゃんと正直に言うよ」

  直子はソファーの僕のとなりに座りc僕の体にもたれかかった。肩を抱くとc彼女は頭を僕の肩にのせc鼻先を首にあてた。そしてまるで僕の体温をたしかめるみたいにそのままの姿勢でじっとしていた。そんあ風に直子をそっと抱いているとc胸が少し熱くなった。やがて直子は何も言わずに立ち上がりc入ってきたときと同じようにそっとドアを開けて出て行った。

  直子が行ってしまうとc僕はソファーの上で眠った。眠るつもりはなかったのだけれどc僕は直子の存在感の中で久しぶりに深く眠った。台所には直子の使う食器がありcバスルームには直子の使う歯ブラシがありc寝室には直子の眠るベッドがあった。僕はそんな部屋の中でc細胞の隅々から疲労感を一滴一滴としぼりとるように深く眠った。そして薄闇の中を舞う蝶の夢をみた。

  目が覚めた時c腕時計は四時三十五分を指していた。光の色が少し変りc風がやみc雲のかたちが変っていた。僕は汗をかいていたのでcナップザックからタオルを出して顔を拭きcシャツを新しいものに変えた。それから台所に行って水を飲みc流しの前の窓から外を眺めた。そこの窓からは向いの棟の窓が見えた。その窓の内側には切り紙細工がいくつか糸で吊るしてあった。鳥や雲や牛や猫のシルエットが細かく丁寧に切れ抜かれcくみあわされていた。あたりには相変わらず人気はなくc物音ひとつしなかった。なんだか手入れの行き届いた廃墟の中に一人で暮らしているみたいだった。

  人々が「地区」に戻りはじめたのは五時少しすぎた頃だった。台所の窓からのぞいてみるとcニc三人の女性がすぐ下を通りすぎていくのが見えた。三人とも帽子をかぶっていたのでc顔つきや年齢はよくわからなかったけれどc声の感じからするとそれほど若くはなさそうだった。彼女たちが角を曲って消えてしばらくするとcまた同じ方向から四人の女性がやってきてc同じように角を曲って消えていった。あたりには夕暮の気配が漂っていた。居間の窓からは林と山の稜線が見えた。稜線の上にはまるで縁取りのようなかたちに淡い光が浮かんでいた。

  直子とレイコさんは二人揃って五時半に戻ってきた。僕と直子ははじめて会うときのようにきちんとひととおりあいさつを交わした。直子は本当に恥ずかしがっているようだった。レイコさんは僕が読んでいた本に目をとめて何を読んでいるのかと訊いた。トーマスマンの魔の山だと僕は言った。

  「なんでこんなところにわざわざそんな本持ってくるのよ」とレイコさんはあきれたように言ったがcまあ言われてみればそのとおりだった。

  レイコさんがコーヒーをいれc我々は三人でそれを飲んだ。僕は直子に突撃隊が急に消えてしまった話をした。そして最後に会った日に彼が僕に蛍をくれた話をした。残念だわc彼がいなくなっちゃってc私もっともっとあの人の話を聞きたかったのにcと直子はとても残念そうに言った。レイコさんが突撃隊について知りたがったのでc僕はまた彼の話をした。もちろん彼女も大笑いをした。突撃隊の話をしている限り世界は平和で笑いに充ちていた。

  六時になると我々は三人で本館の食堂に行って夕食を食べた。僕と直子は魚のフライと野菜サラダと煮物とごはんと味噌汁を食べcレイコさんはマカロニサラダとコーヒーだけしか取らなかった。そしてあとはまた煙草を吸った。

  「年とるとねcそれほど食べなくてもいいように体がかわってくるのよ」と彼女は説明するように言った。

  食堂では二十人くらいの人々がテーブルに向って夕食を食べていた。僕らが食事をしているあいだにも何人かが入ってきてc何人かが出て行った。食堂の光景は人々の年齢がまちまちであることを別にすれば寮の食堂のそれとだいたい同じだった。寮の食堂と違うのは誰もが一定の音量でしゃべっていることだった。大声を出すこともなければc声をひそめるということもなかった。声をあげて笑ったり驚いたりc手をあげて誰かを呼んだりするようなものは一人もいなかった。誰もが同じような音量で静かに話をしていた。彼らはいくつかのグループにわかれて食事をしていた。ひとつのグループは三人から多くて五人だった。一人が何かをしゃべると他の人々はそれに耳を傾けてうんうんと肯きcその人がしゃべり終えるとべつの人がそれについてしばらく何かを話した。何について話しているのかはよくわからなかったけれどc彼らの会話は僕に昼間見たあの奇妙なテニスのゲームを思いださせた。直子も彼らと一緒にいるときはこんなしゃべり方をするのだろうかと僕はいぶかった。そして変な話だとは思うのだけれどc僕は一瞬嫉妬のまじった淋しさを感じた。

  僕のうしろのテーブルでは白衣を着ていかにも医者という雰囲気の髪の薄い男がc眼鏡をかけた神経質そうな若い男と栗鼠のような顔つきの中年女性に向って無重力状態で胃液の分泌はどうなるかについてくわしく説明していた。青年と女性は「はあ」とか「そうですか」とか言いながら聞いていた。しかしそのしゃべり方を聞いているとc髪のうすい白衣の男が本当に医者なのかどうか僕にはだんだんわからなくなってきた。

  食堂の中の誰もとくに僕には注意を払わなかった。誰も僕の方をじろじろとは見なかったしc僕がそこに加っていることにさえ気づかないようだった。僕の参入は彼らにとってはごく自然な出来事であるようだった。

  一度だけ白衣を着た男が突然うしろを振り向いて「いつまでここにいらっしゃるんですか」と僕に聞いた。

  「二泊して水曜には帰ります」と僕は答えた。

  「今の季節はいいでしょうcでもねcまた冬にもいらっしゃい。何もかも真っ白でいいもんですよ」と彼は言った。

  「直子は雪が降るまでにここ出ちゃうかもしれませんよ」とレイコさんは男に言った。

  「いやcでも冬はいいよ」と彼は真剣な顔つきでくりかえした。その男が本当に医者なのかどうか僕はますますわからなくなってしましった。

  「みんなどんな話をしているんですか」と僕はレイコさんに訊ねてみた。彼女には質問の趣旨がよくかわらない様子だった。

  「どんな話ってc普通の話よ。一日の出来事c読んだ本c明日の天気cそんないろいろなことよ。まさかあなた誰かがすっと立ち上がって今日は北極熊がお星様を食べたから明日は雨だなんて叫ぶと思ってたわけじゃないでしょう」

  「いやもちろんそういうことを言ってるじゃなくて」と僕は言った。「みんなごく静かに話しているからcいったいどんなことを話しているかなあとふと思っただけです」

  「ここは静かだからcみんな自然に静かな声で話すようなるのよ」直子は魚の骨を皿の隅にきれいに選びわけであつめcハンカチで口もとを拭った。「それに声を大きくする必要がないのよ。相手を説得する必要もないしc誰かの注目をひく必要もないし」

  「そうだろうね」と僕は言った。でもそんな中で静かに食事をしていると不思議に人々のざわめきが恋しくなった。人々の笑い声や無意味な叫び声や大仰な表現がなつかしくなった。僕はそんなざわめきにそれまでけっこううんざりさせられてきたものだがcそれでもこの奇妙な静けさの中で魚を食べているとcどうも気持ちが落ちつかなかった。その食堂の雰囲気は特殊な機械工具の見本市会場に似ていた。限定された分野に強い興味を持った人々が限定された場所に集ってc互い同士でしかわからない情報を交換しているのだ。

  食事が終って部屋に戻ると直子とレイコさんは「c地区」の中にある共同浴場に行ってくると言った。そしてもしシャワーだけでいいならバスルームのを使っていいと言った。そうすると僕は答えた。彼女達が行ってしまうと僕は服を脱いでシャワーを浴びc髪を洗った。そしてドライヤーで髪を乾かしながらc本棚に並んでいたビルエヴァンスのレコードを取り出してかけたがcしばらくしてからcそれが直子の誕生日に彼女の部屋で僕が何度かかけたのと同じレコードであることに気づいた。直子が泣いてc僕が彼女を抱いたその夜にだ。たった半年前のことなのにcそれはもうずいぶん昔の出来事であるように思えた。たぶんそのことについて何度も何度も考えたせいだろう。あまりに何度も考えたせいでc時間の感覚が引き伸ばされて狂ってしまったのだ。

  月の光がとても明るかったので僕は部屋の灯りを消しcソファーに寝転んでビルエヴァンスのピアノを聴いた。窓からさしこんでくる月の光は様々な物事の影を長くのばしcまるで薄めた墨でも塗ったようにほんのりと淡く壁を染めていた。僕はナップザックの中からブランディーを入れた薄い金属製の水筒をとりだしcひとくち口にふくんでcゆっくりのみ下した。あななかい感触が喉から胃へとゆっくり下っていくのが感じられた。そしてそのあたたかみは胃から体の隅々へと広がっていった。僕はもうひとくちブランディーを飲んでから水筒のふたを閉めcそれをナックザップに戻した。月の光は音楽にあわせて揺れているように見えた。

  直子とレイコさんはニ十分ほどで風呂から戻ってきた。

  「部屋の電気が消えて真っ暗なんてびっくりしたわよc外から見て」とレイコさんが言った。「荷物をまとめて東京に帰っちゃたのかと思ったわ」

  「まさか。こんなに明るい月を見たのは久しぶりだったから電灯を消してみたんですよ」

  「でも素敵じゃないcこういうの」と直子は言った。「ねえcレイコさんcこの前停電のときつかったロウソクまだ残っていたかしら」

  「台所の引き出しよcたぶん」

  直子は台所に行って引き出しを開けc大きな白いロウソクを持ってきた。僕はそれに火をつけcロウを灰皿にたらしてそこに立てた。レイコさんがその火で煙草に火をつけた。あたりはあいかわらずひっそりとしていてcそんな中で三人でロウソクを囲んでいるとcまるで我々三人だけが世界のはしっこにとり残されたみたいに見えた。ひっそりとした月光の影とcロウソクの光にふらふらと揺れる影とがc白い壁の上でかさなりあいc錯綜していた。僕と直子は並んでソファーに座りcレイコは向いの揺り椅子に腰掛けた。

  「どうcワインでも飲まない」とレイコさんが僕に言った。

  「ここはお酒飲んでもかまわないですか」と僕はちょっとびっくりして言った。

  「本当は駄目なんだけどねえ」とレイコは耳たぶを掻きながら照れくさそうに言った。「まあ大体は大目に見てるのよ。ワインとかビールくらいならc量さえ飲みすぎなきゃね。私c知り合いのスタッフの人に頼んでちょっとずつ買ってきてもらってるの」

  「ときどき二人で酒盛りするのよ」直子がいたずらっぽく言った。

  「いいですね」と僕は言った。

  レイコさんは冷蔵庫から白ワインを出してコルク抜きで栓をあけcグラスを三つ持ってきた。まるで裏の庭で作ったといったようなさっぱりとした味わいのおいしいワインだった。レコードが終るとレイコはベッドの下からギターケースを出してきていとおしそうに調弦してからcゆっくりとバッハのフーガを弾きはじめた。ところどころで指のうまくまわらないところがあったけれどc心のこもったきちんとしたバッハだった。温かく親密でcそこには演奏する喜びのようなものが充ちていた。

  「ギターはここに来てから始めたの。部屋にビアノがないでしょうcだからね。独学だしcそれに指がギター向きになってないからなかなかうまくならないの。でもギター弾くのって好きよ。小さくてcシンプルでcやさしくてまるで小さな部屋みたい」

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