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正文 第21节

  ろうってね。ねえc私たちの病気にとっていちばん大事なのはこの信頼感なのよ。この人にまかせておけば大丈夫c少しでも私の具合がわるくなってきたらcつまりネジがゆるみはじめたらcこの人はすぐに気づいて注意深く我慢づよくなおしてくれる――ネジをしめなおしc糸玉をほぐしてくれる――そういう信頼感があればc私たちの病気はまず再発しないのcそういう信頼感が存在する限りまずあのボンッは起らないのよ。嬉しかったわ。人生ってなんて素晴らしいんだろうって思ったわ。まるで荒れた冷たい海から引き上げられて毛布にくるまれて温かいベッドに横たえられているようなそんな気分ね。結婚して二年後に子供が生まれてcそれからはもう子供の世話で手いっぱいよ。おかげで自分の病気のことなんかすっかり忘れちゃったくらい。朝起きて家事して子供の世話してc彼が帰ってきたらごはん食べさせて毎日毎日がそのくりかえし。でも幸せだったわ。私の人生の中でたぶんいちばん幸せだった時期よ。そういうのが何年つづいたかしら三十一の歳まではつづいたわよね。そしてまたボンッよ。破裂したの」

  レイコさんは煙草に火をつけた。もう風はやんでいたc煙はまっすぐ上に立ちのぼって夜の闇の中に消えていった。気がつくと空には無数の星が光っていた。

  「何かがあったんですか」と僕は訊いた。

  「そうねえ」とレイコさんは言った。「すごく奇妙なことがあったのよ。まるで何かの罠か落とし穴みたいにそれが私をじっとそこで待っていたのよ。私ねcそのこと考えると今でも寒気がするの」彼女は煙草を持っていない方の手でこめかみをこすった。「でもわるいわねc私の話ばかり聞かせちゃって。あなたせっかく直子に会いにきたのに」

  「本当に聞きたいんです」と僕は言った。「もしよければその話を聞かせてくれませんか」

  「子供が幼稚園に入ってc私はまた少しずつピアノを弾くようになったの」とレイコさんは話しはじめた。「誰のためでもなくc自分のためにピアノを弾くようになったの。バッハとかモーツァルトとかスカルラッティーとかcそういう人たちの小さな曲から始めたのよ。もちろんずいぶん長いブランクがあるからなかなか勘は戻らないわよ。指だって昔に比べたら全然思うように動かないしね。でも嬉しかったわ。またピアノが弾けるんだわって思ってね。そういう風にピアノを弾いているとc自分がどれほど音楽が好きだったかっていうのがもうひしひしとわかるのよ。そして自分がどれほどそれに飢えていたかっていうこともね。でも素晴らしいことよc自分自身のために音楽が演奏できるということはね。

  さっきも言ったように私は四つのときからピアノを弾いてきたわけだけれどc考えてみたら自分自身のためにピアノを弾いたことなんてただの一度もなかったのよ。テストをパスするためとかc課題曲だからとか人を感心させるためだとかcそんなためばかりにピアノを弾きつづけてきたのよ。もちろんそういうのは大事なことではあるのよcひとつの楽器をマスターするためにはね。でもある年齢をすぎたら人は自分のために音楽を演奏しなくてはならないのよ。音楽というのはそういうものなのよ。そして私はエリートコースからドロップアウトして三十一か三十二になってやっとそれを悟ることができたのよ。子供を幼稚園にやってc家事はさっさと早くかたづけてcそれから一時間か二時間自分の好きの曲を弾いたの。そこまでは何も問題はなかったわ。ないでしょう」

  僕は肯いた。

  「ところがある日顔だけ知ってて道で会うとあいさつくらいの間柄の奥さんが私を訪ねてきてc実は娘があなたにピアノを習いたがってるんだけど教えて頂くわけにはいかないだろうかっていうの。近所っていってもけっこう離れてるからc私はその娘さんのことは知らなかったんだけれどcその奥さんの話によるとその子は私の家の前を通ってよく私のピアノを聴いてすごく感動したんだっていうの。そして私の顔も知っていて憧れているっていうのね。その子は中学二年生でこれまで何度かは先生についてピアノを習っていたんだけれどcどうもいろんな理由でうまくいかなくてcそれで今は誰にもついていないってことなの。

  私は断ったわ。私は何年もブランクがあるしcまったくの初心者ならともかく何年もレッスンを受けた人を途中から教えるのは無理ですって言ってね。だいいち子供の世話が忙しくてできませんって。それにcこれはもちろん相手には言わなかったけれどcしょっちゅう先生を変える子って誰がやってもまず無理なのよ。でもその奥さんは一度でいいから娘に会うだけでも会ってやってくれって言うのcまあけっこう押しの強い人で断ると面倒臭そうだったしcまあ会いたいっていうのをはねつけるわけにもいかないしc会うだけでいいんならかまいませんけどって言ったわ。三日後にその子は一人でやってきたの。天使みたいにきれいな子だったわ。もうなにしろねc本当にすきとおるようにきれいなの。あんなきれいな女の子を見たのはcあとにも先にもあれがはじめてよ。髪がすったばかりの墨みたいに黒く長くてc手足がすらっと細くてc目が輝いていてc唇は今つくったばかりっていった具合に小さくて柔らかそうなの。私c最初みたとき口きけなかったわよcしばらく。それくらい綺麗なの。その子がうちの応接間のソファーに座っているとcまるで違う部屋みたいにゴージャスに見えるのよね。じっと見ているとすごく眩しくねcこう目を細めたくなっちゃうの。そんな子だったわ。今でもはっきりと目に浮かぶわね」

  レイコさんは本当にその女の子の顔を思い浮かべるようにしばらく目を細めていた。

  「コーヒーを飲みながら私たち一時間くらいお話したの。いろんなことをね。音楽のこととか学校のこととか。見るからに頭の良い子だったわ。話の要領もいいしc意見もきちっとして鋭いしc相手をひきつける天賦の才があるのよ。怖いくらいにね。でおその怖さがいったい何なのかcそのときの私にはよくかわらなかったわ。ただなんとなく怖いくらいに目から鼻に抜けるようなところがあるなと思っただけよ。でもねcその子を前に話をしているとだんだん正常な判断がなくなってくるの。つまりあまりにも相手が若くて美しいんでcそれに圧倒されちゃってc自分がはるかに劣った不細工な人間みたいに思えてきてcそして彼女に対して否定的な思いがふと浮んだとしてもcそういうのってきっとねじくれた汚い考えじゃないかっていう気がしちゃうわけ」

  彼女は何度か首を振った。

  「もし私があの子くらいで綺麗で頭良かったら。私ならもっとまともな人間になるわね。あれくらい頭がよくて美しいのにcそれ以上の何が欲しいっていうのよあれほどみんなに大事にされているっていうのにcどうして自分より劣った弱いものをいじめたり踏みつけたりしなくちゃいけないのよだってそんなことしなくちゃいけない理由なんて何もないでしょう」

  「何かひどいことをされたんですか」

  「まあ順番に話していくとねcその子は病的な嘘つきだったのよ。あれはもう完全な病気よね。なんでもかんでも話を作っちゃうわけ。そして話しているあいだは自分でもそれを本当だと思いこんじゃうわけ。そしてその話のつじつまを合わせるために周辺の物事をどんどん作り変えていっちゃうの。でも普通ならあれc変だなcおかしいなcと思うところでもcその子は頭の回転がおそろしく速いからc人の先に回ってどんどん手をくわえていくしcだから相手は全然気づかないのよ。それが嘘であることにね。だいたいそんなきれいな子がなんでもないつまらないことで嘘をつくなんて事誰も思わないの。私だってそうだったわ。私cその子のつくり話半年間山ほど聞かされて度も疑わなかったのよ。何から何まで作り話だっていうのにc馬鹿みたいだわcまったく」

  「どんな嘘をつくんですか」

  「ありとあらゆる嘘よ」とレイコさんは皮肉っぽく笑いながら言った。「今も言ったでしょう人は何かのことで嘘をつくとcそれに合わせていっぱい嘘をつかなくちゃならなくなるのよ。それが虚言症よ。でも虚言症の人の嘘というのは多くの場合罪のない種類のものだしcまわりの人にもだいたいわかっちゃうものなのよ。でもその子の場合は違うのよ。彼女は自分を守るためには平気で他人を傷つける嘘をつくしc利用できるものは何でも利用しようよするの。そして相手によって嘘をついたりつかなかったりするの。お母さんとか親しい友だちとかそういう嘘をついたらすぐばれちゃうような相手にはあまり嘘はつないしcそうしなくちゃいけないときには細心の注意を払って嘘をつくの。決してばれないような嘘をね。そしてもしばれちゃうようなことがあったらcそのきれいな目からぼろぼろ涙をこぼして言い訳するか謝るかするのよcすがりつくような声でね。すると誰もそれ以上怒れなくなっちゃうの。

  どうしてあの子が私を選んだのかc今でもよくわからないのよ。彼女の犠牲者として私を選んだのかcそれとも何かしらの救いを求めて私を選んだのかがね。それは今でもわからないわc全然。もっとも今となってはどちらでもいいようなことだけれどね。もう何もかも終ってしまってcそして結局こんな風になってしまったんだから」

  短い沈黙があった。

  「彼女のお母さんが言ったことを彼女またくりかえしたの。うちの前を通って私のピアノを耳にして感動した。私にも外で何度か会って憧れてたってね。憧れてたって言ったのよ。私。赤くなっちゃったわ。お人形みたいに綺麗な女の子に憧れるなんでね。でもねcそれはまるっきりの嘘ではなかったと思うのね。もちろん私はもう三十を過ぎてたしcその子ほど美人でも頭良くもなかったしcとくに才能があるわけでもないし。でもねc私の中にはきっとその子をひきつける何かがあったのね。その子に欠けている何かとかcそういうものじゃないかしらだからこそその子は私に興味を持ったのよ。今になってみるとそう思うわ。ねえcこれ自慢してるわけじゃないのよ」

  「かわりますよcそれはなんとなく」と僕は言った。

  「その子は譜面を持ってきてc弾いてみていいかって訊いたの。いいわよc弾いてごらんなさいって私は言ったわ。それで彼女バッハのインベンション弾いたの。それがねcなんていうか面白い演奏なのよ。面白いというか不思議というかcまず普通じゃないのよね。もちろんそれほど上手くないわよ。専門的な学校に入ってやっているわけでもないしcレッスンだって通ったり通わなかったりしでずいぶん我流でやってきたわけだから。きちっと訓練された音じゃないのよ。もし音楽学校の入試の実技でこんな演奏したら一発でアウトね。でもねc聴かせるのよcそれが。つまりね全体の九〇パーセントはひどいんだけれどc残りの一〇パーセントの聴かせどころをちやんと唄って聴かせるのよ。それもバッハのインベンションでよ私それでその子にとても興味を持ったの。この子はいったい何なんだろうってね。

  そりゃねc世に中にはもっともっと上手くバッハを弾く若い子はいっぱいいるわよ。その子の二十倍くらい上手く弾く子だっているでしょうね。でもそういう演奏ってだいたい中身がないのよ。かすかすの空っぽなのよ。でもその子のはねc下手だけれど人をc少なくとも私をcひきつけるものを少し持ってるのよ。それで私c思ったの。この子なら教えてみる価値はあるかもしれないって。もちろん今から訓練しなおしてプロにするのは無理よ。でもそのときの私のように――今でもそうだけれど――楽しんで自分のためにピアノを演奏することのできる幸せなピアノ弾きにすることは可能かもしれないってね。でもそんなのは結局空しい望みだったのよ。彼女は他人を感心させるためにあらゆる手段をつかって細かい計算をしてやっていく子供だったのよ。どうすれば他人が感心するかc賞めてくれるかっていうのはちゃんとわかっていたのよ。どういうタイプの演奏をすれば私をひきつけられるかということもね。全部きちんと計算されていたのよ。そしてその聴かせるところだけをとにかく一所懸命何度も何度も練習したんでしょうね。目に浮ぶわよ。

  でもそれでもねcそういうのがわかってしまった今でもねcやはりそれは素敵な演奏だったと思うしc今もう一回あれを聴かされたとしてもc私やっぱりどきっとすると思うわね。彼女のずるさと嘘と欠点を全部さっぴいてもよ。ねえc世の中にはそういうことってあるのよ」

  レイコさんは乾いた声で咳払いしてからc話をやめてしばらく黙っていた。

  「それでその子を生徒にとったんですか」と僕は訊いてみた。

  「そうよ。週に一回。土曜日の午前中。その子の学校は土曜日もお休みだったから。一度も休まなかったしc遅刻もしなかったしc理想的な生徒だったわ。練習もちょんとやってくるし。レッスンが終るとc私たちケーキを食べてお話したの」レイコさんはそこでふと気がついたように腕時計を見た。「ねえc私たちそろそろ部屋に戻った方がいいんじゃないかしら。直子のことがちょっと心配になってきたから。あなたまさか直子のことを忘れちゃったんじゃないでしょうね」

  「忘れやしませんよ」と僕は笑って言った。「ただ話しに引きこまれてたんです」

  「もし話のつづき聞きたいなら明日話してあげるわよ。長い話だから一度には話せないのよ」

  「まるでシエラザーですね」

  「うんc東京に戻れなくなっちゃうわよ」と言ってレイコさんも笑った。

  僕らは往きに来たのと同じ雑木林の中の道を抜けc部屋に戻った。ロウソクが消されc居間の電灯も消えていた。寝室のドアが開いてベットサイドのランプがついていてcその仄かな光が居間の方にこぼれていた。そんな薄暗がりのソファーの上に直子がぽつんと座っていた。彼女はガウンのようなものに着替えていた。その襟を首の上までぎょっとあわせcソファの上に足をあげc膝を曲げて座っていた。レイコさんは直子のところに行ってc頭のてっぺんに手を置いた。

  「もう大丈夫」

  「ええc大丈夫よ。ごめんなさい」と直子が小さな声で言った。それから僕の方を向いて恥かしそうにごめんなさいと言った。「びっくりした」

  「少しね」と僕はにっこりとして言った。

  「ここに来て」と直子は言った。僕は隣に座るとc直子はソファーの上で膝を曲げたままcまるで内緒話でもするみたいに僕の耳もとに顔を近づけc耳のわきにそっと唇をつけた。「ごめんなさい」ともう一度直子は僕の耳に向かって小さな声で言った。そして体を離した。

  「ときどき自分でも何がどうなっているのかわかんなくなっちゃうことがあるのよ」と直子は言った。

  「僕はそういうことしょっちゅうあるよ」

  直子は微笑んで僕の顔を見た。ねえcよかったら君のことをもっと聞きたいなcと僕は言った。ここでの生活のこと。毎日どんなことしているとか。どんな人がいるとか。

  直子は自分の一日の生活についてぼつぼつとcでもはっきりとした言葉で話した。朝六時に起きてここで食事をし。鳥小屋の掃除をしてからcだいたいは農場で働く。野菜の世話をする。昼食の前かあとに一時間くらい担当医との個別面接かcあるいはブループディスカッションがある。午後は自由カリキュラムでc自分の好きな講座かあるいは野外作業かスポーツが選べる。彼女フランス語とか編物とかピアノとか古代史とかcそういう講座をいくつかとっていた。

  「ピアノはレイコさんに教わってるの」と直子は言った。「彼女は他にもギターも教えてるのよ。私たちみんな生徒になったり先生になったりするの。フランス語に堪能な人はフランス語教えるしc社会科の先生してた人は歴史を教えるしc編物の上手な人は編物を教えるし。そういうのだけでもちょっとした学校みたいになっちゃうのよ。残念ながら私には他人に教えてあげられるようなものは何もないけれど」

  「僕にもないね」

  「とにかく私c大学に

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